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![]() バンテアイ・スレイ。 「東洋のモナリザ」と呼ばれるデヴァター像で有名な寺院だ。 しかし、「東洋のモナリザ」のある中央部には立ち入ることはできない。 ここも観光客で溢れかえっている。 ![]() 見事な彫刻。 ![]() バンテアイ・スレイ全景。 ![]() バンテアイ・スレイから、東メボンとプレ・ループに立ち寄った。 雲一つ無い青い空と緑の木々が美しかった。 ![]() プレ・ループ前の土産屋。 裸足で生活しているカンボジア人も多い。 ![]() バンテアイ・クデイのデヴァター像。 バイヨンのデヴァターと同じ表情だ。 ![]() 王の沐浴池であったスラ・スラン。広大である。 三脚にパノラマ・カメラを構えたが、日本人団体観光客がいっぱいでなかなか写真を撮れない。 欧米人は私のカメラの前に立つと「Sorry!」と声をかけてくれるが、日本人は無言で立ち去り観光バスに乗り込む。 ![]() 夕食にカンボジア料理の一つである「アモク」を食べた。 魚や鶏肉をココナツミルクで煮込んだ料理だ。 タイ料理のゲーン・キヨワンに似ている。 大変美味しい。 ![]() オールドマーケットに近いオープン・カフェの並ぶ通りの大晦日。 2004年 12月 30日
![]() 今日は、午前はプリア・カン、午後はタ・プロームを撮影する。 まずは、プリア・カン。 パノラマ・カメラが使えるのは、人が入らない場所しかない。 ![]() デヴァターの表情は寺院によって異なる。 個人的には、バイヨンのデヴァターの顔が好きだ。 ![]() 国王がヒンズー教に戻り、仏教の名残は削り取られたらしい。 仏像が彫られていたと思われる箇所が空洞になっている。 ![]() プリア・カンのお土産売りの女の子。 ![]() 午後はタ・プロームで撮影。 不気味な雰囲気の西門の撮影は観光客が途絶えないのであきらめた。 ![]() タ・プローム寺院は、溶樹が建物に絡む風景で観光客に大人気である。 写角から人がいなくなるまで何十分も待つことになる。 ![]() タ・プローム前の土産屋の売り子たち。 ![]() 子供は土埃まみれで遊びまわっている。 ![]() 夕食後、ビールを買いに雑貨屋に寄ったら幼い兄弟が仲良くテレビを観ていた。 2004年 12月 29日
![]() 今回、アンコール遺跡巡りに充てられる期間は実質4日間である。 チケットは、1日券US$20、3日券US$40、7日券US$60の3種類となっており、7日券を購入した。 返金できないこと、紛失したら再度購入すること等、制限事項をいろいろと言われた。 チケットの購入には写真が必要だ。 チケットの販売と管理はベトナム系の企業が行っているらしい。 ぼろ儲けだろう。なにしろ一人US$60である。 遺跡への入場はチケットの提示を求められる。 ![]() 約5ヶ月ぶりのアンコールワット訪問だ。 予想以上に暑い、というより熱い。 「これは日焼けするだろうな」と思ったが、日焼け止めは持ってきていなかったので、日焼け防止はサングラスと帽子だけだ。 今回の機材は: Hasselblad 503cxとCarl Zeiss T* S-Planar 135mm F5.6 w/Variable Extension Tube 64-85 FUJI GSW690II パノラマ写真機WIDELUX 1500 の3台。 アンコールワットでの撮影である異常に気が付いた。 WIDELUX 1500の巻き上げノブが止まらないのである。 つまり、コマ毎に巻き上げノブが止まらずに、そのままフィルムを巻き取ってしまうのである。 これでフィルムを1本無駄にした。 仕方が無いので、コマの数字に合わせて巻き上げノブの回転を止めることにした。 コマの重なりと、最終コマの画面切れが心配だが仕方ない。 ![]() アンコールワットで最も風化が激しい箇所だ。 美しいデヴァターもわずかにその形を留めているに過ぎない。 ![]() アンコールワットの第二回廊を出たところのゴミ箱を漁っていた兄妹に出会った。 兄は、ゴミ箱から拾った写真フィルムを妹におもちゃとしてあげていた。 生活環境は大変厳しいが、表情は大変穏やかだ。 ![]() アンコールワット前の食堂にて炒飯とビールで昼食をとり、バイヨンに出かけた。 観光パターンとしては、午前・バイヨン、午後・アンコールワットというのが定番である。 しかし、これでは観光客で大混雑して写真が撮れないので、逆パターンで行動しなければならない。 しかし、それでもバイヨンは観光客で溢れていた。 私の写真とアンコールの出会いは、写真家・井津健郎氏のバイヨンの写真だ。 井津氏がこの写真を撮影したのは1994年である。 1994年、アンコールを訪れる観光客は年間5,000人程度だった。 2005年の予測数はなんと年間100万人である。 写真家にとっては過酷な環境になった。 ![]() 中華料理屋で鶏ご飯を食べて、酒屋でビールを買い、宿に戻った。 ケーブルテレビは60チャンネル以上の各国の放送を受信していた。 台湾は親日国の代表格であるが、台湾のテレビ局が「超級日本通」という番組を放映していた。どれだけ日本に詳しいかのクイズ番組である。 中国に惑わされずに、日本は台湾をもっと大切にしていただきたい。 2004年 12月 28日
![]() いよいよカンボジア・シェムリアップに出発である。 バンコクからはBangkok Airwaysの飛行機で行く。 チケットは、出国前にBangkok AirwaysのWebサイトで購入手続きをしておいた。 購入手続きが完了すると、購入証明書が電子メールで送られてくるので、これをプリントアウトしておく。 バンコク国際空港(ターミナル2)で、チェックインする前に、Bangkok Airwaysのチケットセンターで購入証明書を提示してチケットを受け取る。 カメラを入れたハードケースも預け荷物に入れたら、15kgオーバーで480バーツ(約1,300円)の追加料金を徴収されてしまった。 今回はいつものプロペラ機ではなく、エアバスのジェット機だった。たぶんA320シリーズのどれか(上写真左)。 安全説明のビデオ放映時に、天井のLCDディスプレイがサッと開く(上写真右)。 案内してくれたタイ人女性がかわいかった。 ![]() 飛行時間は約35分。 ランチボックスが出される。アルコール類は一切無し。 前回、ベジタリアン料理を注文したら、きちんと出されたが、あまりにもさびしい内容だったので、今回は食べ物の指定はしなかった。 飛行時間が短いので、乗務員も忙しいし、ビザ申請や入国審査の書類も慌しく記入することになる。 ところで、Bagkok Airwaysは美人しか採用していないようだ。 これまで何回かBagkok Airwaysを利用しているが、乗務員女性はみな美人だった。 ![]() シェムリアップ空港に到着。 シハモニ新国王の写真がシアヌーク前国王・王妃と共に掲げられていた。 ![]() シェムリアップ空港でのビザ申請は、写真とUS$20が必要になる。写真は予め用意しておいたほうが良い。 ビザ申請は、バンコクからの我々と、ベトナムから入った人々で大混雑だ。 年末年始をアンコールで過ごそうとする人が予想以上に多い。 このため遺跡撮影は大変に時間がかかることを予感した。 空港には、今回宿泊するGolden Temple Villaの松田さんが迎えに来てくれていた。 「飛行機が着いてから出てくるまで、あまりにも時間がかかるから心配した」と言っていた。 ![]() オールドマーケットに近いGolden Temple Villaの前の道の風景。 ![]() オールドマーケット付近の風景。 ![]() 超高速で観光都市に生まれ変わりつつあるシェムリアップだが、街の中には乞食同然の子供もまだ多い。 ![]() ビルの建設現場だが、天井を多くの木の柱で支えている。 なんでだろう?天井のコンクリートを流し込む枠を作っている間、その枠を支えるための柱なのかもしれない。 いずれにせよ、耐震設計など全く考慮されていない。 津波の件で、タイ人が、「タイ人は『もし・・・』ということを考えようとしないからこんなことになってしまったんだ」と言っていた。 カンボジアも同じだ。地震が無いから耐震設計とは無縁というわけだ。 もっとも地震が発生する土地だったら、とうの昔にアンコールワットは崩壊していた。 ![]() 通りかかった自転車にカメラを向けたら、女の子がポーズをとってくれた。 2004年 12月 27日
![]() ![]() ここが、「ビル・ゲイツが来たらマシンガンを打ちまくるだろう」と言われる「パンティップ・プラザ」だ。 「バンコクの秋葉原」とも言われるが、元々は仏教のお守りを売るテナントが多かったそうだ。 実際に、そのような店舗もまだいくつも残っている。 現在はPC関連の店がほとんどで、しかもソフトウエアやゲームや音楽の違法コピーを堂々と売っていることで世界的に有名だ。 ビートルズ全曲100バーツ(約270円)、とかアドビのソフトウエア全部が入ったDVDを1000バーツで売っていたりする。 タクシン首相が「違法コピー撲滅」を警察に指示しているため、さすがに堂々と違法コピーを売る姿は減ってきたようにみえるが、なんたってここはタイだからいい加減なものだ。 時折、警察官が見回りに来ると、何かの合図をきっかけに店頭の違法コピーカタログが一斉に片付けられるが、警察官がいなくなると元通りの店構えになる。 なんか、お互いに遊んでいるみたいだ。 館内は、「撮影禁止」と書かれているが、これ自体が実に怪しいではないか。 ![]() ![]() 夕食は、内装を改装したシーフードの有名店「ソンブーン・スリウォン店」に行った。 小泉首相も来たそうで、それに合わせて改装したのかもしれない。 日本人観光客を中心にいつも込み合って、受付を列を作って待つことになるが、オレはマネージャが知り合いなので、いつも優先して席を用意してくれる。 有り難いけど、チップもはずまなければならない。 2004年 12月 26日
![]() 携帯電話が使えるようになったところで、日本から「大地震が発生したようだけど大丈夫?」の電話がかかってきた。 なんのことかわからなかったが、テレビを点けてみてびっくり。 とんでもない災害が発生した。 上の写真にあるように第一報段階では「タイでは100人の行方不明者が出ている」というものだった。 それだけでも、「これは大変なことになった!」と驚愕したが、その後の「スマトラ沖大地震と大津波」災害の展開はご承知の通り、14万人以上の犠牲者が出る史上最悪の災害となってしまった。 ニュースでは「NHKが各旅行会社に調査したところ、27名の安否が不明です」と言っていたが、旅行会社の団体旅行と違って、個人旅行者の場合は安否の確認が困難だ。 実際、海外旅行慣れしている日本人も多く、インターネットでホテルや飛行機の手配が格安かつ簡単にできる現在では、安否の確認が取れない個人旅行者は相当数いるはずだ。 その後も、GSM携帯電話に日本からいくつもの「大丈夫か?」の電話をもらった。 携帯電話を用意しておいて本当に良かった。 しかし、日本からの連絡が無ければ今回の災害発生に気が付かなかったでは、情報収集力に欠けていたと言わざるを得ない。反省すべきことだ。 犠牲になった方々も、この年末年始旅行を心待ちにしていたはず。 昨日のTG641便に私と同乗していた人もいるかもしれない(その人は例の無料航空券当選発表の機内放送で私の名前を耳にしたはず)。 心からお悔やみ申し上げます。 2004年 12月 25日
さて、本日から10泊11日の年末年始旅行だ。 ![]() 今回は、カメラをハードケースに入れた。結局「間仕切り」が来なかったので、スポンジのフォームをくり抜いてカメラとレンズを収めた。 Adoramaには、アメリカン・エキスプレスにプレッシャをかけてもらっている(アメリカン・エキスプレスは、「間仕切りが来るまでカネは払わない」と言っている)。 ![]() タイ航空・成田発バンコク行のビジネスクラスの食事を全部写真に撮った。 先週のエール・フランス航空で気が付いた通り、タイ航空のビジネスクラスはちょぼちょぼといろんなものが出てくるが、いわゆるメインの料理の味はエール・フランスのエコノミークラスの圧勝である。 乗務員の対応・親切さもエール・フランスのエコノミーの方が良い。 ところで、機内にて、何かを記念して、ビジネスクラスとエコノミークラスでそれぞれ1名ずつ無料航空券が当たる抽選会が行われた。 当選者はなんと私だった!! 不思議なもので抽選が行われる寸前に「たぶんオレだろうな」という予感がしたのである。 これで来年の次回の旅行は飛行機代は無料となった\(^o^)/ ![]() 先週のフランス出張の直後だったので、6時間半のフライトなどあっという間だ。 ![]() バンコクに到着し、早速いつもの「光明酒楼」で夕食。完全にパターン化している。 この殺風景な食堂が絶品の味を提供するのだ。 っていうか、バンコクの中華料理は安くて美味いところが沢山ある。 「中華料理は、香港よりバンコクの方が美味い」と言う人も多い。 ![]() クリスマスなので、タイ人形もサンタの帽子をかぶってた。 ![]() GSM携帯電話にタイのプリペイド携帯電話のSIMカードOne-2-Callを入れてアクティベイトした。 いともカンタンにこれで携帯電話が使えるようになった。 2004年 12月 24日
![]() 日曜日の夜にフランスから帰国したばかりだが、実は明日からタイとカンボジアに出かけて年末年始を過ごす計画だ。 今週はずっと時差ぼけと寝不足だったので、明日から旅行という実感さえわかない。 ちょっと疲れきった状態での出発となりそうだ。 部屋は相変わらず散らかしっぱなし。大掃除とは程遠い状況だ。 この旅行での目的は、パノラマ写真機でアンコール遺跡を撮ること。 しかし、準備が十分ではない。 春か初夏には1ヶ月の休みを取る計画なので、予行演習としてパノラマ写真機を持って行くことにする。 ![]() しばらくマグロが食えなくなるので、トロの刺身をいつもの魚屋さんに造ってもらった。 タイに着いたら、またカニと春雨の香草蒸しの夕食から始めるかな。 次回の更新は1月10日です。 来年が皆さんにとって、成功のための幸せで楽しい年になりますように! 2004年 12月 23日
![]() フランス出張で肉食が慣れてしまったので、無理やり菜食に戻している。 今日は牛蒡のオリーブ油炒め。 時差ぼけも直らないまま、5時半起きが続いてるので疲れが溜まっている。 2004年 12月 22日
![]() 石けんにこだわるツラではないが、この石けんがお気に入りである。 フランスのマリウス・ファーブル社が製造している「La Planete」という、天然植物油100%の良質な石けんだ。 合成材料が一切入っていないので、排水は自然に分解される。 きわめて泡立ちが細かく、泡立てるとクリームのようになってしまうほどである。 アタマもこれで洗っている。 2004年 12月 19日
![]() 帰りは約11時間半。中国を横断して日本へ。 愛用品になったEtymortic ER-6iは遮音効果抜群で飛行機のノイズも気にならないほど。クラシック音楽でさえ飛行機の中で楽しむことができた。 成田空港に19時40分に到着し、帰宅したのは19日(日曜日)の23時頃。 翌朝、いつものように5時半過ぎに起床して会社に行った。 ヨーロッパの風景は大変美しいが、どうも自分にはしっくりこないような気もする。 路面電車など、ところどころに感動的な風景に出会うことはあるのだが、アジアのような心の落ち着きが感じられないのだ。 今後数年はフランスに行くことは無いだろう。 2004年 12月 18日
![]() クリスマスマーケットの様子。 ![]() フェラーリの模型。4,000ユーロ。 ![]() ドゴール空港の見事な建築。 ドゴール空港で時間があったので、パリ市内まで電車で出かけたが、この時点で腰痛はかなり悪化し歩くのも辛くなっていたし、雨も降っていたので、憧れの(?)シャンゼリゼ通りを見ることも無く空港に引き返した。 2004年 12月 17日
会議を午前中に終えたので、やっとストラスブール市内の「観光の時間」が取れた。 ![]() いかにもヨーロッパの町並み。近所の石神井川の風景とは全く異なる。 ![]() 幼少の頃から「線路のある風景」が大好きだった。 ストラスブールの路面電車トラム(Tram)の線路のある風景は、「なつかしさ」をも感じさせるほど心の奥に響く。何枚も写真を撮った。 ![]() ノートルダム大聖堂の巨大さを表すために、あえて空を入れずに撮影した。 ![]() 典型的なアルザス地方の料理。こんなものばかり食べたから、また太った。 ![]() 夜の「プティート・フランス」の町並み。 2004年 12月 16日
![]() オフェンブルグのホテルのロビーに、エドワード・ウエストンのヌード写真を描き移した油絵が飾ってあった。 朝食に果物以外のモノを口にしたのは約2年ぶりである。 朝、オフェンブルグのホテルから、ストラスブールのヒルトン・ホテルに移動した。 ![]() 仕事を終えたのが21時半過ぎ。フランス人に「21時までにはビルから出るように」と言われていたのに、その時刻を超えてしまったのでビルに閉じ込められてしまった。 試行錯誤の上どうにか非常口から出ることができたものの、もし一人だったらパニックになっていただろう。一同かなりの恐怖を感じていた。 22時を回ってしまったので、街にはほとんど人影が無い。 見事にライトアップされたデパート。 2004年 12月 15日
![]() ドイツのオフェンブルグのホテル玄関前の風景。 時差ぼけで5時前に目が覚めた。 7時でも外は真っ暗で、8時半近くになってようやく明るくなった。 気温は零下。木々は霜で真っ白。すごく寒い。 ![]() 目的地のストラスブールとホテルのあるオフェンブルグの地図。 メルセデスのタクシーでストラスブールに向かう。 国境には検問は無い。フリーウエイは税関所に迂回するが、一時停止することも無く、そのままフランスに入る。 私的旅行ではなく、仕事なので昼間の写真はほとんど無い。 昼食はイタリア料理を食べた。 メニューで気が付いたのだが、フランスでは、少なくともストラスブールでは英語を見かけない。 フランス語のメニューでは全くわからないので、英語のできるウエイターに料理を一つ一つ説明してもらって料理を選択した。 ![]() ストラスブールはクリスマスツリー発祥の地とも言われているそうだ。 街はクリスマスの飾りが施されていた。 ![]() ストラスブールのランドマークであるノートルダム大聖堂。 140mの塔はもやで霞んでいる。 大聖堂前のドイツ系料理屋で、ジャガイモと豚肉の煮込み、エスカルゴを食べた。 赤ワイン、ビールも美味かった。 ガイドブックによれば、ストラスブールは、フランスのアルザスと呼ばれてる地域にある。 戦争毎にフランス領とドイツ領を行き来した。歴史に翻弄された街である。 「ヨーロッパの平和はフランスとドイツの和解に基づく」ということで、欧州議会はストラスブールに置かれているそうである。 2004年 12月 14日
![]() さて、約4年ぶりのヨーロッパ旅行となるフランスへの出張だ。 普段は、池袋のメトロポリタン・ホテルまでタクシーで行って、空港リムジンバスで成田空港まで行く。 今回は、10年ぶりに成田エキスプレスを使った。 成田エキスプレスを待つ間、池袋の通勤風景を観察していた。 成田のターミナルも10年ぶりの第一ターミナルだ。 航空会社はエール・フランス。スターアライアンスを希望したがチケットが取れなかった。 マイルを貯めることのできない長時間飛行だ。 ![]() これがエール・フランスのエコノミークラス「Tempo」の風景。 エコノミークラスで旅行するときは最後尾席の通路側に限る。 トイレが近いし、気晴らしのストレッチもできるし、リクライニングは思いっきり倒しても文句は言われない(もっともシートを思いっきり倒すことはできないが)。 最後尾席はエコノミークラスの中のビジネスクラスだ。 ![]() 12時45分出発のフライトなので昼食に相当する。 はっきり言って悪くない。と言うか、とても良い。 タイ航空のビジネスクラスよりも美味い。 隣の50代のオバさんが「ワインが美味しくない」と言っていたが、エコノミークラスにしては良いワインだし、ミニボトルごとくれる。 さすがにエコノミークラスだから、狭くて食べるのも辛いが、乗務員の対応も期待以上に良く、これまで経験したエコノミークラスの中では最も良いサービスだった(最悪はアメリカのユナイテッドエアライン、絶対にもう乗らない)。 ![]() シベリア経由の飛行。 到着前に2回目の食事。 成田からパリへの飛行時間は12時間40分。 エコノミークラスでは、この長時間の飛行は拷問に等しい。 ![]() 目的地はストラスブール。パリからさらに飛行機で約1時間。 しかし、ストラスブールのホテルがとれなかったので、ドイツのオフェンブルグのホテルにタクシーで移動した。 ホテルで合流したメンバと明日の予定について打合せした。 GSM携帯電話の電源を入れると、地元の携帯電話会社と「NTT DoCoMo」の文字が表示された。 World Walker G-Cardは、このカードをセットしたGSM携帯電話の電源を入れるだけで現地の携帯電話網を検索してくれたわけだ。 疲れきっていて、時差もクソも関係なく爆睡。 2004年 12月 13日
![]() デジカメを新調した。 新調の理由は、明日からフランスに出張するが、老人になるまで行くことは無いだろうから、今のデジカメよりもう少し画質の良いカメラが欲しくなったからだ。 普段なら間違いなくフィルムカメラだが、慌しい出張になりそうなので、カメラや撮影に気を使わなくてすむデジカメにした。 選んだ機種は松下電器 LUMIX DMC-FX7。 会社で同僚に聞いたり、昼休みにWebで調べて決めた。 帰りに新宿のヨドバシカメラに行って実物を見てびっくり。 「こんなに小さいの!?」 でもすごく華奢。今使っているリコー Caplio G3 Model-Mとは大違い。 室内で少し試し撮りをしたが、期待したほど画質は良くない。 やはり、ノイズが目立つ。リコーとは違うタイプのノイズで、ノイズ除去の補正がピンボケのように不自然に目立つのだ。 まあ、所詮コンパクト・デジカメだから仕方ないか・・・ でも、バッテリも持ちそうにない・・・ とりあえず、今回の出張でいろいろ試してみようと思う。 次回のブログの更新は20日以降の予定。 <追記> このカメラは購入後約3週間で紛失。 2004年 12月 12日
気に入ったらクリックしてね! ![]() Bakong, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() The Basin in the Cruciform Galleries, Angkor Wat, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Devata, Bayon, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Beng Mealea, Cambodia, 2004 ![]() Preah Khan, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Devatas, Thommanon, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Devata, Ta Prohm, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Roots, Ta Prohm, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() The West Gate, Ta Prohm, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() The Gallery of 1,000 Buddhas, Angkor Wat, Angkor, Cambodia, 2004
2004年 12月 11日
![]() 池袋の東武百貨店内のブルックス・ブラザーズにスーツを受け取りに行った。 スーツ用の靴も買った。 最近、腰痛をかばうためにおかしな歩き方になっているのかどうか、皮底の靴だと滑って転びそうになることがよくある。 いろいろ検討した結果、底がスポーツシューズのようにゲルクッションが入っていて、滑り止め加工もされているASICS WALLAGE RUNWALKという靴を買った。 帰りに歳末の抽選会場で500円の商品券が当たった。 今日は土曜日なのでマグロの日。 いつもの近所の魚屋が、「マグロは今後全部『生』にする」と決断したそうで、早速その生のマグロを食べてみた。 この魚屋は、「美味くて高い」ことで近所では有名。 つまり、いつも美味いので、いつものマグロと本日のマグロの差がよく分からなかった。 でも、いつものマグロより肉が柔らかいようで、箸で鮨飯を包むのが簡単にできた。 2004年 12月 10日
![]() 急死した友人の一周忌で集まった中学と高校の同級生6名で忘年会をやった。 場所は、参加メンバの家から共通して近い池袋。「わかんざ」という店。 最近のこの種の店は照明が暗すぎると思う。 料理はまずまずの出来だった。ただメンバの一人は「味が濃すぎる」と言っていた。 みんな42-43歳だから塩分控えめが望ましいか。 最近、飲んでいるときは酔っ払っていると言う感覚は無いのだが、翌日朝起きると記憶が全く無い。 この日も楽しかったのは覚えているが、何を話したのかを覚えていない。 2004年 12月 09日
![]() DoCoMoのWorld Walker G-Cardが届いた。 FOMAのカードに、MOVAの情報を入れたSIMカードである。 早速、NOKITA 6610iにセットしてみた(写真)。 もちろん、日本では使えないが、SIMカードを入れることによって、6610iのメニューが表示されるので、英文の取扱説明書を読みながら、使い方を調べることができるようになった。 SIMカードに入っているMOVAの電話番号が表示された。 来週のフランスの出張でどのような使い心地かを調べて改めてここに報告する。 2004年 12月 08日
![]() 63年が経過した。 最後に日本が勇気ある(かつ無謀な)決断をした日である。 ---------------------------------------------------------- タイ王国元首相(ククリット・プラモード)の言葉 「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体を損なったが、生まれた子供はすくすくと育っている今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのはいったいだれのおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが、病の床に伏した日である。我々はこの二つの日を忘れてはならない。」 インドネシア元首相(モハメッド・ナチール)の言葉 「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は、私達アジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」 出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』
2004年 12月 07日
![]() よく言われることに、「日本の携帯電話の方式は世界ではマイナーである」ということがある。 何となくわかったようで、何がマイナーなのかよくわかっていなかった。 しばしば、海外旅行に出かけるが、不便な思いをするのは携帯電話を持っていないことである。 バンコクで落ち合う友人たちと連絡が取れない、アンコール遺跡でドライバと逸れてしまった、アメリカの田舎で泥道にスタックして脱出できない、日本に大切な連絡を取るのを忘れていた、等、様々な場面で不便な思いをするのである。 要は日本にいるときと同じように携帯電話が必要な場面が意外に多くあるのだ。 これまでは、その国で、日本のように携帯電話の加入契約と月々の基本料金の支払いをしなければならないと思っていたので、携帯電話を「買う」ということは考えてもいなかった。 せいぜい旅行者用のレンタル携帯電話を借りるかどうかである。 しかし、レンタル料金も通話しなくても毎日数百円支払わなくてはいけないので躊躇していた。 しかし、週末にいろいろ調べてみると、日本と韓国を除く、ほぼ全世界で共通の携帯電話の方式はGSMと呼ばれるものであること、このGSM携帯電話にSIMカードと呼ばれる電話番号情報を格納したカードをセットすることによって、GSM対応国内であればどこの国でもその携帯電話が使えること、等がわかった。 なんだ、その国の携帯電話が他の国では使えないというのは日本と韓国だけだったのか。 この世界共通のGSM携帯電話を買えば、どこの国に行ってもその国でSIMカードを買えばいいのか。 っていうことで、早速GSM携帯電話を注文した。 私は、そうと決めたら行動は早いのである\(^o^)/ 購入した携帯電話は、NOKIA 6610iという機種である。 PCとUSBや赤外線で接続してデータ通信もできるし、簡単なカメラも付いている機種だ。 それとわかったことは、NTT DoCoMoもWorldWalker G-Cardというサービスを始めている。 つまり、通常の携帯電話のSIMカードを作ってくれて、これをGSM携帯電話に入れれば、いつも使っている090-xxxx-xxxの番号で海外にいてもコンタクトが取れるというわけである。 ただし、転送される(ローミングされる)国際電話料金は着信側が支払わなければならない。 帰宅したら、そのNOKIA 6610iが届いていた。 とりあえず充電してみたが、なんたってSIMカードはないし、あっても日本はGSM圏外だから使うことはできない。 まずは、来週のフランス出張でDoCoMoのWorldWalker G-Cardの実験をしてみる。 それから、年末年始のタイ/カンボジア旅行で、タイのone-2-callプリペイドSIMカードを購入してみる。 なんか、日本って、「犯罪抑制のためのプリペイド式携帯電話の規制」なんて言ってるけど、すごく遅れてるって感じ。 マイナーなのだ。 2004年 12月 06日
![]() 会社の業績が思わしくないことによる経費削減のために、出張時のビジネスクラスの利用が完全に禁止になった。 これまでは、飛行時間が9時間を超える場合はビジネスクラスが認められることがあった。 約4年前に、ドイツに出張した際に飛行機の手配の関係でエコノミークラスに乗った。 11時間ものフライトでフランクフルトに着いたときには完全に腰痛になっていた。 それ以来、約半年毎に激しい腰痛に見舞われるようになってしまった。 来週、フランスに出張することになった。 エコノミークラスである。 4年ぶりのエコノミークラスだ。正直言って恐ろしい。 おかしなことに、「エコノミークラスでフランスに出張」と聞いたときから、腰が痛くなってきた。 夕食に、隣の家の畑で採れたブロッコリを食べた。 物凄い緑色。 2004年 12月 05日
![]() 会社の部下が海外出張するために、朝早く成田空港に着かなければならないのだが、今朝の記録的な暴風のために各交通機関が機能停止になり、出発時刻ぎりぎりに空港に到着したとの連絡を受けた。 こんなにアクセスが不便な国際空港は世界でも希だろう。 嵐が過ぎ去ってみれば、春のような陽気の一日だった。 気温も23度はあった。 本日誕生日の母が「ピザを食べたい」と言うので、Domino's PizzaにWebから注文することにした。 Webから注文すると、クーポンの他に5%引きになるのだ。 「ベジーにペパロニを追加でトッピング」を注文したら、届いたのは「ペパロニしか載っていないピザ」だった。 「ベジー」を注文したのに、ペパロニ以外のトッピングが何も無いのである。 明らかに私の注文ミスなのだが、これはWebのユーザインタフェースに問題があると思う。 「トッピング」の変更は、「追加したいトッピング」と「除いて欲しいトッピング」を選べるようになっており、まず「追加したいトッピング」で「ペパロニ」のチェックボックスにマークをつけた。 ふと見ると、「除いて欲しいトッピング」の欄に、「ベジー」の各トッピング項目が記載されており、その全てに「チェックが入っている」のだ。 だから、私はこのままだと「全てのトッピングが取り除かれてしまう」と思い、「除いて欲しいトッピング」の欄チェックボックスのマークを全て外した。 そうしたら、全てのトッピングが取り除かれてしまったのである。 確認メールの合計価格しか見なかった私も不注意だったが、このユーザインタフェースは分かり難い。しかし、このユーザインタフェースの設計は難しそうだ。 ただ一言、「チェックされているものがトッピングされます」と書いておけば間違うことはないだろう。 クレームを付けようと思ったが、この春のような陽気の一日、穏やかに過ごすことにした。 2004年 12月 04日
![]() 池袋に背広を買いに行った。 普段、背広やネクタイを着ける習慣が無いので、必要なときに着ることのできるものが無い。 来週土曜日には必要なのだが、仕立てには2週間かかると言う。急いでも10日は必要だそうだ。 バンコクなら3日もあれば仕立て上がるだろうに。 仕方が無いので、ブルックスブラザーズに行った。 最近の背広は3ボタンが主流だが、オレは2ボタンが好みなのだ。 「ピンストライプの紺で2ボタンのサイズを出してくれ。」と頼むが、紺色が無い。 仕方が無いので茶色にした。 今度、タイに行った時にタニヤのアーツ・テイラーで仕立ててもらうことにしようっと。 今日は土曜日なのでマグロの日だ。 三千円分のマグロを近所の魚屋さんに雨の中届けてもらった。 マグロは赤ワインがよく合う。 2004年 12月 04日
気に入ったらクリックしてね! vo.1に続くアンコール遺跡の第二集。 ![]() Face, Bayon, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Devatas, Angkor Wat, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() The 3rd Enclosure, Angkor Wat, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Terrace, Beng Mealea, Cambodia, 2004 ![]() Moat, Banteay Kdei, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() The Face Tower, Bayon, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Vishnu, Kbal Spean, Cambodia, 2004 ![]() The East Gate, Ta Som, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Frame, Preah Khan, Angkor, Cambodia, 2004 ![]() Roots, Ta Prohm, Angkor, Cambodia, 2004
2004年 12月 03日
![]() ヨドバシカメラで買い物をするようになったのは小学校5年生の頃だった。 その頃(1972-73年)、ヨドバシカメラ(淀橋写真商会)は写真関係者には有名だったが、一般の人にはあまり知られていない現金卸売り問屋だった。 アルミサッシの引き戸をガラガラっと開けて店内に入るような小さな店だった。 ちょうど今の「カメラ館」のあたりだったと思う。 上の写真を撮ったこの道も人通りは少なかった。 ちょっと前の本店、今の「マルチメディア東館」は空き地になっていた。たしか、来店者用の駐車場だったように記憶している。 ある日曜日、小学校の同級生から電話があり、「ヨドバシカメラに行くけど、何か買ってくるものある?」と訊かれた。 私は、「ネオパンSSの36枚撮りを2本買ってきて」とお願いした。 しかし、その後、やっぱカラーにしようと思って、電話をかけなおしたが友達はもう家を出た後だった。 そこでヨドバシカメラに電話をかけて、「○○君ていう小学6年生がネオパンSSを2本買うけど、それをエクタクローム2本に変えてください。」と店員に頼んだ。 店員は快く対応してくれて、実際にその友達がレジにネオパンSS2本を差し出すと、「きみ、××君の友達だよね。さっき電話があってエクタクロームに変えてくれって言ってきたんだ。」と言って、エクタクロームに変えてくれたのである。 今では、信じられない話だが、その頃のヨドバシカメラはそのような対応ができるほど小さい店だった。 西のヨドバシ、東のさくらや、と言われていたが、ヨドバシカメラの方が売り上げを伸ばしていった。 大学生の頃、カメラのさくらやでバイトをしたが、社長は裏の駐車場でタバコを吸ってるし、どうもさくらやは社員全体が怠けているような雰囲気があった。 それに比較してヨドバシカメラは開店前に円陣を組んで気合いを入れたりしていた。 現在フィルムを売っている店舗が、写真用品売り場だった。 暗室道具や印画紙をここで揃えた。 店頭には黄色の価格表(ほとんどの商品の販売価格が掲載されていた)が積まれていて、この価格表を持ち帰って、欲しいカメラとレンズを全部揃えるにはいくらかかるんだろうと計算したりしていた。 ある時、空き地でビルの建設工事が始まった。 「ヨドバシカメラ西口本店」の新築工事である。 小学生の頃は毎週新宿と渋谷に遊びに行っていたから、工事の様子をずっと見ていた。 私は友人らにこう言ったのを今でも覚えている。 「カメラ売るだけでこんなデカいビルは要らないだろうから、そのうちヨドバシカメラはカメラと電気製品のデパートになるんじゃないか。」 小学生のときにこれだけの先見性を持っていたのだから、我ながら大した小学生だった(笑)。 2004年 12月 02日
![]() 隣の家の芝生は青く見える。 いや、芝生なんてそもそも持っているのか。 「プレジデント」という雑誌に、「他人の給料袋」という特集記事があるのを教えてもらった。 しかし、全く笑わせる話である。 金持ち父さん・貧乏父さんのロバート・キヨサキ氏のい言う「Eクワドラント」の集合の中でのお互いの差を言っている記事だ。 この記事によれば、どうやらオレが勤めている会社の給与はかなり良いらしい。 しかし、同僚によれば、彼の嫁さんは今月の給料日にはこう言ったそうだ。 「今月も1円も残ってないから、給料は引き下ろしたら全部持って帰ってきてよ」と。 本田健さんは、ロバート・キヨサキ氏の「ESBIクワドラント」の説明で言っていた。 「BIの連中はESのことをよく知っているが、ESの連中はBIの存在と彼らの生活をわかっていない」。 この雑誌のこの特集記事そのものが、その目隠しになっていると言える。 つまり、「ああ、オレってまだマシだな」と意味の無い安心感を得る。 その時点で、思考停止、というわけだ。 2004年 12月 01日
![]() Etymotic ER-6iを毎日使うようになった。 低音不足が否めないので、iPodのイコライザを常に「Bass Booster」に設定している。 この状態で99%の音楽は問題無いが、原音が異常に低音を上げていると音が歪む。 解像度は相変わらず大変高く、中学時代から聴いていた音楽の中に、「え?ここにこんな音入っていたの?」と新発見することもある。 録音の悪い音楽は、その悪さが強調されて聴くに堪えられなくなる。 遮音性が非常に高く、それ程の音量でなくても、後ろから近づく車に気が付かない。 iPodとER-6iでタイのルークトゥンを聴きながら23時半に帰宅。 また生牡蠣を食べてしまった。 |
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